世界的に知られるワイン専門メディア「Decanter」が2026年8月、シャトー・ピション・バロン(Château Pichon Baron)のなかから、コレクターが注目したい4つのヴィンテージを紹介しました。
Decanterは1975年に英国で創刊され、専門家によるワイン評価や産地情報、市場動向を世界へ発信してきたメディアです。その評価は、ワイン愛好家だけでなく、コレクターや業界関係者からも広く参照されています。
選ばれたのは、2017年、2020年、2021年、2024年です。
ワインは、多くの場合、買う前に味を確かめることができません。しかも、同じ造り手のワインでも、ヴィンテージによって評価や価格が違います。
だからこそ、「結局、どれが一番いいのだろう」と知りたくなります。
選んだ後に後悔したくないからこそ、高評価を得ているものを選べば安心だと、最初は考えていました。
けれども、今回この4本の評価や価格、ヴィンテージの背景を見ていくうちに、少し違う問いが浮かびました。
「一番いいヴィンテージはどれ?」という問いの答えは、一つなのだろうか。
今夜、家族や友人と開ける一本。
自分のセラーに入れ、10年間待つ一本。
価格まで含めて、実際に買う一本。
評価点も市場価格も知らず、一杯だけ飲んでみたい一本。
条件が変われば、選びたいヴィンテージも変わるかもしれません。
今回はDecanterが取り上げた4本から、ワインを選ぶときの「一番」とは何をもって決まるのか、考えてみたいと思います。
なぜ、Pichon Baronなのか
ピション・バロンは、ボルドー左岸のポイヤックに位置する、1855年に定められた伝統ある格付けで「第2級」という最高峰クラスに選ばれていて、カベルネ・ソーヴィニヨンを主体とし、黒い果実やスパイスの風味、力強さとエレガンスを備えたワインを造っています。
シャトー公式サイトによれば、グラン・ヴァンには歴史的区画の古樹から収穫された葡萄が使われ、40年以上の長期熟成が可能とされています。
Decanterは今回、現在市場で入手できる直近11ヴィンテージについて、専門家による最新評価とLiv-exの市場価格を比較しました。
Liv-exは、世界のワイン事業者が参加するファインワインの取引市場です。その価格がどのように形成されるのかは、こちらの記事で詳しく紹介しています。
今回の比較では、ピション・バロンのDecanter平均評価は97点。
これは、シャトー・シュヴァル・ブランやシャトー・オー・ブリオンと同じ平均評価水準です。
一方、12本入り1ケースの平均市場価格は、
ピション・バロンが£1,038。日本円では約22万5,000円、1本あたりでは約1万8,700円に相当します。
同じ資料では、シュヴァル・ブランが1ケース£4,000超、オー・ブリオンが£3,000超。日本円に換算すると、それぞれ約87万円超、約65万円超になります。
もちろん、評価が同等だからといって、ワインの価格が同じになるわけではありません。
市場価格には、評価や品質だけでなく、ブランド力、希少性、世界的な需要、二次市場での売買のしやすさなど、さまざまな要素が反映されます。
ボルドー格付け上位に匹敵する高い評価と長期熟成力を持ちながら、まだ比較的手が届きやすい価格に収まっているピション・バロンは、ファインワインの面白さと奥深さをリアルに実感させてくれる一本です。
※ポンド価格は、Decanter掲載時点におけるLiv-exのMarket Priceです。12本(750ml×12本)入り1ケースの国際的な二次市場での参考価格であり、日本国内の小売価格とは異なります。円換算は2026年8月28日時点の参考レート、1ポンド=約216.7円で計算しています。
「コレクター向け」は、「投資向け」なのだろうか
Decanterの記事タイトルには、次のように書かれています。
Four vintages of Pichon Baron for collectors to keep an eye on
(コレクターが注目したいPichon Baronの4ヴィンテージ)
使われているのは、investorsではなくcollectorsです。
ワインを長く持つ人が、すべて将来の売却益を目的にしているとは限りません。
いつか飲むために持つ。
熟成による変化を待つ。
好きなシャトーのヴィンテージを集める。
家族の記念年のワインを残しておく。
コレクションには、金額だけでは測りきれない「持つ理由」があります。
一方、外部のワインセラーに預け、将来売却する投資対象のワインとして考えるなら、購入価格だけでなく、保管料や売却手数料が最終的なリターンに与える影響も考える必要があります。
特に1本あたりの価格が比較的低いワインでは、保管料などの固定的なコストが価格に占める割合も大きくなります。
「長く持つ価値がある」と「投資対象として効率が良い」は、同じ意味とは限りません。
将来の売却を目的にワインを持つ場合には、品質や評価点以外にも、希少性、需要、保管、売却のしやすさなどを考える必要があります。
投資対象になるワインと、高いワインの違いについてはこちらの記事で整理しています。
先ほども少し触れましたが、私がピション・バロンに感じるのは、ボルドーのファインワインの熟成による変化の不思議や面白さを体験するために、誰もが比較的手を伸ばしやすい一本であるという魅力です。
自分のセラーで数年間待ってみる。
家族や友人との少し特別な日に開ける。
異なるヴィンテージを飲み、年による違いを味わう。
価格上昇だけを目的にしなくても、時間をかけて持つ理由はあります。
4本には、4つの時間がある
Decanterが取り上げた4ヴィンテージの評価と市場価格を整理すると、次のようになります。
| ヴィンテージ | Decanter評価 | 12本の市場価格 | 円換算の参考価格 |
|---|---|---|---|
| 2017年 | 98点 | £960 | 約20万8,000円/ 1本約1万7,300円 |
| 2020年 | 98点 | £1,000未満 | 約21万7,000円未満/1本約1万8,100円未満 |
| 2021年 | 95点 | £1,000未満 | 約21万7,000円未満/1本約1万8,100円未満 |
| 2024年 | 96点 | 約£838 | 約18万2,000円/ 1本約1万5,100円 |
※評価点は、Decanterが各ヴィンテージについて採用した最新評価です。評論家や評価時期によって点数は異なる場合があります。2017年の98点は、Decanterのパネルテイスティングによる評価です。
Decanterがこの4本に注目した共通の理由は、いずれも1ケース£1,000未満で購入でき、評価点との関係から相対的な魅力が見えることです。
2017年と2020年は、98点という高い評価を受けながら£1,000未満。2021年と2024年は、ピション・バロンの直近11ヴィンテージの平均である97点を下回りますが、比較的低い価格と、必ずしも高く評価されていないヴィンテージにも優れたワインを造ってきたシャトーの実績が注目されました。
つまり、今回 Decanterが選んだのは、単純に点数の高い4本ではありません。
品質評価、価格、ヴィンテージの背景を組み合わせたときに、別々の個性や魅力が見えてくる4本です。
では、それぞれのヴィンテージには、どのような「選ぶ理由」があるのでしょうか。
2017|評判からこぼれ落ちる一本
2017年のボルドーは、突出したグレートヴィンテージとは見られていません。春には霜害も発生しました。
ただし、ピション・バロンの公式資料によれば、所有畑の大部分は霜害を免れ、影響を受けた区画は全体の15%程度でした。
Decanterのパネルテイスティングでは98点。アンディ・ハワードMWは、2017年全体の状況を考えれば注目すべき、クラシックなポイヤックと評価しています。
ヴィンテージ全体の評判と、一つのシャトーが実際に造ったワインの品質は、分けて見た方がよいことがあります。
2017年は、年号だけでは見えてこない一本です。
2020|品質、価格、残された時間
2020年も、Decanterで98点を獲得しています。
ジョージー・ヒンドルはこのワインを、豊かでエレガントかつ洗練されていると評価しました。
興味深いのは、同じ98点の2022年との比較です。
2022年の市場価格は1ケース£1,200超。日本円では約26万円超、1本あたり約2万1,700円超に相当します。
同じシャトー。同じ98点。
それでも、価格は異なります。
2022年はヴィンテージそのものへの評価が高く、市場からも注目されてきました。
一方、2020年には、高い品質評価と熟成余地に加え、2022年より低い市場価格があります。
評価点は、品質を知るための大切な材料です。
ただ、その数字のなかに、購入価格やヴィンテージの評判、現在の熟成段階、これから与えられる時間まで、すべてが含まれているわけではありません。
2020年は、品質、価格、時間のバランスを考えたくなる一本です。
2021|難しい年に、何を見たのか
2021年は、4本のなかで最も低い95点です。
この年のボルドーは、生育期の天候に難しさがあり、全体として高く評価されたヴィンテージとはいえません。
それでもDecanterは、2021年のピション・バロンを、とてもおいしく仕上がったワインとして紹介しています。
良い年から、優れたワインを選ぶ。
それとは別に、難しい条件のなかで結果を出した造り手を選ぶという見方もあります。
点数だけで並べれば、2021年は4本の中で最低です。
けれども、造り手の技術や判断を味わってみたいと思えば、選ぶ順番は変わるかもしれません。
2024|まだ与えられていない時間
2024年はDecanterで96点。今回比較された直近11ヴィンテージのなかでは、最も低い市場価格です。
そして、4本のなかで最も若いワインでもあります。
もちろん、若いから将来もっとも値上がりする、あるいは最もよく熟成するとは限りません。
2024年を選ぶことは、すでに完成した評価を買うというより、これからワインへ与えられる時間まで含めて持つことに近いのかもしれません。
まだ起きていない変化を、自分のセラーで待つ。
2024年には、そんな楽しみ方があります。
条件を変えたら、答えも変わった
では、4本のうち、どれを選ぶか。
最初に浮かんだ答えは、とても単純でした。
選ぶのは難しい。全部飲み比べたい。
それが正直な気持ちですがこれでは一本を選べないので、同じ4本を目の前に置いたつもりで、選ぶ目的だけを変えてみることにしました。
飲み頃や将来価格を予想するというより、自分が何に惹かれて一本を選ぶのかを確かめるための思考実験です。
すると、4つの条件すべてで、違うヴィンテージを選ぶことになりました。
今夜、家族や友人と少し特別な食事で開けるなら——2021年
4本のうち、最も高い点数ではありません。
それでも今夜開けるなら、2021年を選びます。
難しい年に品質をまとめた、造り手の技術と気概に惚れて。
恵まれた年の完成度とは違う、造り手の仕事そのものを味わってみたいと思います。
自分のセラーに入れ、2036年まで待つなら——2024年
10年間という時間を預けるなら、最も若い2024年です。
これは、2036年に4本のなかで最も高く評価されるという予想ではありません。
この若い一本に、10年間という時間を預けてみたい。
今はまだ見えていない変化を待つことも、ワインを持つ楽しみの一つです。
自分のお金で実際に買うなら——2020年
評価、価格、熟成余地を組み合わせて考えたとき、最も「これなら買いたい」と感じるのは2020年です。
98点という高い評価を受けながら、同じ98点の2022年より市場価格が低い。
高評価だからというより、品質、価格、これから待てる時間のバランスに魅力を感じます。
評価点も価格も知らず、一杯だけ飲むなら——2017年
何も知らずにグラスへ注いでもらえるなら、2017年を飲んでみたいと思います。
2017年のピション・バロンを選んでグラスに注いでくれる。その方のセンスに脱帽、という感じです。
というのが、わたしの感想。
ボルドーの有名な当たり年ではなく、あえて2017年のピション・バロンを選んだ。
その理由まで聞いてみたくなります。
目の前に並べた4本は変わっていません。
変えたのは、「何のために選ぶか」という条件だけでした。
それなのに、選んだヴィンテージは、2021年、2024年、2020年、2017年。すべて違いました。
良いワインを探す、その先へ
Decanterの評価点は、ワインの品質を知るための材料です。
Liv-exの市場価格を見れば、そのワインが現在どの程度の価格で評価されているのかも分かります。
ヴィンテージの気候からは、造り手がどのような条件と向き合ったのかが見えてきます。熟成の可能性は、そのワインとどれくらいの時間を過ごせるかを考える手がかりになります。
どれも、一本を選ぶために役立つ情報です。
ただ、情報を集めれば、自動的に「自分にとっての一本」が決まるわけではありません。
良いワインを見つけることと、自分が持つ理由のあるワインを選ぶことは、少し違います。
「一番いいヴィンテージ」は、評価点や市場価格だけで決まるものではないのでしょう。
いつ飲むのか。
誰と開けるのか。
どれくらい待ちたいのか。
そのワインの何に惹かれたのか。
ワインそのものの評価と、自分がその一本とどのような時間を過ごしたいか。
その二つが重なったところに、自分にとっての「一番」が見えてくるのだと思います。
もし2017年、2020年、2021年、2024年のピション・バロンが目の前に並んでいたら。
あなたの一番は、何によって決まるでしょうか。
評価や価格だけでなく、いつか開ける時間まで含めてワインを選ぶ。
そんな「ワインを持つという愉しみ」については、こちらのガイドでも紹介しています。
参考資料:Decanter元記事、Decanterについて、Château Pichon Baron公式サイト、Pichon Baron 2017公式資料、GBP/JPY参考レート
自分なりの「選ぶ理由」を育てるために
評価点や市場価格を知ることは、ワインを選ぶ助けになります。
けれども最後に一本を選ぶとき、大切になるのは、そのワインをいつ開けたいのか、誰と味わいたいのか、どのような時間を預けたいのかという、自分自身の理由なのかもしれません。
メルマガ「葡萄の館からの手紙」では、ワインやお金について、何を選べば正解かという方法だけでなく、自分なりの判断軸を育てるための見方や考え方をお届けしています。
知っている選択肢が増えると、選び方も少しずつ変わります。
自分のお金や時間を、何に預けたいのか。
一緒にゆっくり考えてみたい方は、葡萄の館からの手紙をお読みください。

