実は最近、
来年(2027年)の初夏ごろの出版を目指して本の執筆を進めています。
その中で、ふと自分の若い頃のことを思い出していました。
20歳の頃、私はオーストラリアのウルルを訪れました。
(当時は、エアーズ・ロック と呼んでいました)
目の前に広がる地平線と巨大な岩を見た瞬間、なぜか涙が止まらなくなったのを覚えています。
感動したのか。
圧倒されたのか。
何に心を動かされたのか、当時の私はまったく説明できませんでした。
ただただ、涙が流れてきたのです。
その翌年、21歳の時にはスペインのバルセロナを訪れました。
そこで見たサグラダ・ファミリアにも大きな衝撃を受けました。
まだ完成したわけではない「工事中」なのに、あまりにも壮大で美しい建築。
ただ見上げて、息が詰まるほど感動したのを覚えています。
けれど当時の私が強く感じたのはその美しさや壮大さよりも、
「なぜガウディは、自分が完成を見ることのできない建物を造ろうとしたのだろう」
という疑問でした。
当時は完成まであと100年近くかかると言われていました。
私にはその感覚が理解できませんでした。
自分の人生の中で完成しないものに、なぜそこまで情熱を注げるのだろう。
感動すると同時に、どこか戸惑いもあったのです。
それから30年以上が過ぎました。
そして今、本を書いています。
ブログを書いています。
ワインについて発信しています。
人生の選択肢について考えています。
不思議なことに、50代になった今なら、あの時の感動や戸惑いの意味が少し分かる気がするのです。
振り返ってみると、私は昔から「時間」というものに惹かれていたのかもしれません。
何万年もそこに存在し続けるウルル。
一人の人生では完成できないサグラダ・ファミリア。
そして何十年も熟成を続けるワイン。
今思えば、私が人生で心を動かされてきたものには、いつも「時間」が流れていました。
若い頃の私は、その共通点に気づいていませんでした。
ただ感動し、ただ興味を持ち、ただ心を動かされていただけです。
けれど人生経験を重ねた今、
「あの経験があったから、今の自分の価値観があるのかもしれない」
と思うことがあります。
実は、こういうことは誰にでもあるのではないでしょうか。
親に言われた言葉。
学校の先生に言われたこと。
若い頃にした旅。
夢中になった趣味。
当時は意味が分からなかったことが、
何十年も経ってから突然つながる。
私は最近、そのことを強く感じています。
スティーブ・ジョブズも有名なスピーチの中で、
「将来を見ながら点をつなぐことはできない。振り返った時にしか点はつながらない」
という趣旨の話をしています。
若い頃の私は、その言葉を知識として理解していました。
けれど今、自分の人生を振り返ると、その意味が少し分かる気がするのです。
ウルルも。
サグラダ・ファミリアも。
ワインとの出会いも。
人生に悩んだ時間も。
それぞれは別々の出来事でした。
しかし今振り返ると、不思議なくらい一本の線でつながっています。
人生は前向きにしか生きられません。
でも理解できるのは、いつも後になってからです。
だから最近は、
「今すぐ役に立つか」
ということを、あまり気にしなくなりました。
本を読むこと。
旅をすること。
ワインを飲むこと。
人と語り合うこと。
その経験が何につながるのかは、その瞬間には分かりません。
それでも10年、20年と経った時、
「あの経験があったから今がある」 と思える日が来るはずです。
若い頃の経験は、その時点ではただの思い出に過ぎません。
しかし年月を重ねることで、それはやがて考え方となり、価値観となり、人生の選択肢を広げていくことがあります。
あなたが若い頃、夢中になったものは何でしょうか。
感動して涙が止まらなかったのは、どんなものでしたか?
もしかするとそれは、 まだ回収されていない、人生の伏線なのかもしれません。


