高級ワインというと、
「お金持ちの飲み物」
「見栄のために飲むもの」
そんなイメージを持つ人も少なくありません。
私自身も若い頃は、どちらかというとそちら側の人間でした。
お酒の販売の仕事に携わっていたにも関わらず… です。
なぜ人は高いお金を払ってまでワインを飲むのだろう。
しかも、飲んでしまえばなくなってしまうものに。
しかし今振り返ると、高級ワインに惹かれる人たちは、単に高価な飲み物を求めているわけではなかったように思います。
彼らが惹かれていたのは、
歴史であり、
人であり、
文化であり、
憧れでした。
正直、最初は理解できなかった
私が初めて高級ワインに触れたのは、お酒の販売の仕事をしていた時のワインの勉強会でした。
そこで飲んだのが、ボルドーを代表する名門ワインのひとつ、シャトー・マルゴーです。
当時の私は期待していました。
きっと今まで飲んだことがないほど美味しいのだろう、と。
ところが実際に飲んでみると、正直なところよく分かりませんでした。
むしろ比較として出されていた安価なワインの方がフルーティで飲みやすく、美味しいと感じたくらいです。
なぜ人はこんなに高いお金を払うのだろう。
そんな疑問を持ったまま、私はワインの世界を眺めていました。

一本のシャトー・マルゴーが教えてくれたこと
その後、仕事で印象的なお客様に出会います。
「1980年のシャトー・マルゴーを探している」
というのです。
しかも、自分で飲むためではなく、誰かへのプレゼントとして。
その方は若く、高級ワインを何本も飲み歩いているような雰囲気ではありませんでした。
当時の私は思わず、
「そんなに美味しくないですよ、もっと安くても美味しいものはありますので」
と、余計なことを言いそうになりました。
もちろん言わなくてよかったのですが(笑)。
代わりに私は尋ねました。
なぜ1980年なのですか。
なぜシャトー・マルゴーなのですか。
すると、その一本を贈りたい理由や背景が少しずつ見えてきました。
私はその時、初めて気づいたのです。
人はワインそのものを買っているのではない。
その向こう側にある物語を買っているのだと。
残念ながら、
シャトー・マルゴーの1980年は在庫がなく、
また取引先からも仕入れることができず、お客様のご要望にお応えすることはできませんでした。
高級ワインが運んでくるモノと価値
高級ワインは歴史を運んでくる
1980年のボルドーは、決して恵まれたヴィンテージではありません。
しかし、その中でシャトー・マルゴーは奇跡的とも言われる品質のワインを生み出しました。
一本のワインの中には、
その年の天候があり、
畑があり、
造り手の判断や技術があり、
そして数年、数十年以上という時間があります。
私たちはワインを飲んでいるようでいて、
実は歴史の一部を味わっているのかもしれません。
高級ワインは単なる飲み物ではありません。
時間を閉じ込めた文化そのものなのです。
あのお客様も
「奇跡のヴィンテージ」にプレゼントの意味を込められていました。
高級ワインは人を運んでくる
私にとって、もう一つ忘れられないワインがあります。
それがモンラッシェでした。
まだワインのことをほとんど理解していなかった頃。
勉強会で知り合ったソムリエの方が、ご自身がお仕事をされているバーで、ほんの少しだけ飲ませてくださったのです。
今思えば、他のお客様が飲み残したボトルだったのかもしれません。
そして今振り返ると、
あの方は私にショックを与えたかったのではないかと思うことがあります。
「もっと広い世界がある」
そう伝えたかったのかもしれません。
もちろん真意は分かりません。
けれど私は、ワインそのもの以上に、その人との出会いに驚きました。
まだ未熟で、今以上に無知だった私に、そんな機会を与えてくれたことが嬉しかったのです。
高級ワインの価値は、液体の中だけにあるのではありません。
そのワインを愛した人たちとの出会いの中にもあるのだと思います。
高級ワインは憧れを運んでくる
もし誰かが私に1980年のシャトー・マルゴーを贈ってくれたら、とても嬉しいだろうと思います。
もちろん、モンラッシェだって嬉しいし、他の銘柄でも私はかなり喜びます。
それは値段の問題ではありません。
自分の人生を理解し、
その一本に意味を探して選び、
それを形にして贈ろうとしてくれたことが嬉しいのです。
高級ワインには、人の想いや敬意を形にする力があります。
だから私たちは惹かれるのかもしれません。
人はワインにお金を払っているのではない
人は、
歴史に惹かれます。
人に惹かれます。
文化に惹かれます。
憧れに惹かれます。
そして、そのすべてが一本のボトルの中に詰まっていることがあります。
だから人は高級ワインに惹かれるのです。
それは決して、
「高いから」
ではありません。
最後に
高級ワインを飲む人は、必ずしもお金持ちではありません。
むしろ私が出会ってきた人たちは、値段だけで物事を判断しない人たちでした。
高いか安いか。
得か損か。
そうした基準だけで世界を見ていない人たちでした。
彼らは、
「なぜ自分はそれを選んだのか」
を大切にしていたように思います。
だから私は今も、高級ワインそのものに惹かれているというより、
高級ワインに惹かれる人たちに惹かれているのかもしれません。
そして、その人たちとの出会いこそが、私にとって高級ワインが運んできてくれた、いちばん大きな価値だったように思うのです。

