世界のワイン需要が減る中で、それでも人がワインを造りたくなる理由

豊かさの設計

減る世界のワイン需要と増える日本のワイナリー

最近、日本各地で新しいワイナリーが増えています。

北海道
長野
山形
新潟

少し調べるだけでも、毎年のように新しいワイナリーの名前を目にします。

 

一方で、世界に目を向けると少し不思議な現象にも見えます。

 

実は世界全体では、ワイン需要は減少傾向にあります。

特にフランスやイタリアなど、かつて大量にワインを消費していた国々では、若い世代を中心にワイン離れが進んでいると言われています。

それなのに、日本では新たなワイナリーが次々と誕生しています。

 

世界では需要減少、日本ではワイナリーが増えている

国税庁の調査によると、日本のワイナリー数は近年も増加を続けています。

調査年(発表時期)ワイナリー総数前年からの純増数(新規開業ベース)
2021年(令和3年調査)413場+44場
2022年(令和4年調査)453場+40場
2023年(令和5年調査)468場+15場
2024年(令和6年調査)493場+25場
2025年(令和7年発表分)集計中集計中


わずか3年間で80場増加しています。

率にすると約19%増。

成熟したワイン産地が多い欧州諸国と比べても、非常に高い増加ペースと言えるでしょう。

 

2021年から2022年にかけては、ワイン特区の活用や地方での小規模ワイナリー(マイクロワイナリー)の設立が相次ぎ、年間40場以上という驚異的なペースで増加しました。

2023年以降はやや落ち着いたものの、依然として右肩上がりのトレンドが続いています。

「ワイナリー予備軍」はさらに増えている

上の表は、実際にワインを生産しているワイナリー数です。


一方で、国税庁が公表している果実酒製造免許の取得場数は、近年も増加を続けています。

 

つまり現在は、委託醸造などでワイン造りを始めながら、自社ワイナリーの完成を目指している生産者も少なくありません。

 

実際に稼働しているワイナリー数以上に、

「これからワインを造りたい」

と考えている人たちが存在していることになります。

 

世界ではワイン需要の減少が話題になる一方で、日本では今なお新たな造り手が生まれ続けている。

 

この事実だけでも、ワインという存在が持つ特別な魅力を感じずにはいられません。

人がワインを造りたいと思う理由は何なのでしょうか。

 

ワイン造りは、決して効率の良い事業ではない

葡萄を植えても、満足のいく収穫ができるまでには何年もかかります。

 

天候に左右されます。

病害虫のリスクもあります。

設備投資も必要です。

 

さらに、苦労して造ったワインが評価される保証もありません。

 

もし利益だけを目的にするなら、もっと効率的な事業は数多く存在するでしょう。

 

それでも人はワインを造ろうとします。

なぜでしょうか。

 

ワインは「商品」ではなく「作品」だから

私は、その理由の一つはここにあると思っています。

 

ワインは、工業製品のように同じものを大量に作ることができません。

同じ造り手が、

同じ畑で、

同じ品種を育てても、

毎年まったく違う表情を見せます。

 

その年の気候

畑の状態

収穫のタイミング

醸造家の判断

 

すべてが一本のボトルに刻み込まれます。

だからワインには物語があります。

そして、その物語こそが価値になります。 

その物語に魅了されているのが「ワイン好き」な私たちと言えるでしょう。

 

同じものが二度と作れない

ワインにはヴィンテージがあります。

2025年のワインは、2025年にしか生まれません。

 

どれほど優れた醸造家でも、翌年にまったく同じワインを再現することはできません。

 

だからこそ、その年の気候や出来事までもがワインの一部になります。

それは商品というより、一度きりの作品に近いものです。

 

土地の個性を表現できる

ワインの世界には「テロワール」という言葉があります。

土壌や気候、地形など、その土地が持つ個性を表現する考え方です。

 

ワイン造りを始める人の中には、

「この土地の魅力を表現したい」

という思いを持つ人が少なくありません。

 

一本のワインを通して、その土地の風景や季節、空気感までも伝えようとする。

それは地域づくりであり、文化づくりでもあります。

 

自分の人生を一本のボトルに込められる

ワインを造る人たちは、

ワインを売りたいだけなのではない。

 

私はそんな気がしています。

 

自分の価値観を形にしたい。

自分が美しいと思うものを表現したい。

誰かの記憶に残る一本を残したい。

 

そんな思いが、ワインという形になっているのではないでしょうか。

 

最近、私はふと思うことがあります。

ワイナリーを始める人たちは、

ワインを造りたいのではなく、

「人生を作品にしたい」

のかもしれない、と。

 

葡萄の樹は、自分より長く生きる

葡萄の樹は、思っている以上に長く生きます。

 

自分が植えた一本の葡萄の樹が、

自分がいなくなった後も実をつけ続けることがあります。

 

その果実から生まれたワインを、
 

誰かが大切な人と飲むかもしれません。

人生の節目に開けるかもしれません。


喜びの日にも、

特別な記念日にも、

その一本が寄り添うかもしれません。

 

そう考えると、ワイン造りとは単なる製造業ではなく、

未来への手紙を残すような仕事にも見えてきます。

 

豊かさとは、何を残すか かもしれない

私たちはつい、

どれだけ稼いだか。

どれだけ資産を増やしたか。


という視点で物事を見てしまいます。

 

もちろん、それも大切です。

 

けれど人生の後半になるほど、

何を残すか。

どんな景色を次の世代へ渡すか。

 

そんな問いの比重が少しずつ大きくなるように感じます。

 

世界のワイン需要が減る中で、

それでも人がワインを造りたくなる理由。

 

それは市場規模や利益だけでは説明できないのかもしれません。

 

ワインを造る人たちは、

ボトルを売っているのではなく、

自分の人生そのものを作品として残そうとしている。

 

私にはそんなふうに見えるのです。

 

そして、人生を作品にする方法は、

きっとワインだけではありません。

あなたはこれから、

どんな作品を生きますか。

 

人生を作品にするために

ワインを造る人たちは、

未来へ一本のボトルを残そうとします。

では私たちは、

どんな景色を残せるのでしょう。

どんな時間を誰かと分かち合えるのでしょう。

私はワインやお金の話を通じて、

人生の選択肢を増やすこと、

そして人生の重心を調えることについて発信しています。

メルマガ『葡萄の館からの手紙』では、

ブログでは書ききれない体験や気づきをお届けしています。

人生を少し豊かにするヒントを探している方は、

ぜひ遊びに来てください。

タイトルとURLをコピーしました