人生のどこかで、必ず触れておくべきワイン|モンラッシェが変えた価値観

ワインのある暮らし

 

人生のどこかで、必ず触れておくべきワイン

ワインの世界には、

「人生のどこかで、必ず触れておくべきワイン」

というものが、
あるのだと思っています。

 

もちろん、
それが必ずしも高級ワインである必要はありません。

 

でも時々、
それまで積み上げてきた価値観を、
静かに壊してしまうような体験があります。

 

私にとって、
そのひとつが“モンラッシェ”でした。

 

20代前半、モンラッシェとの出会い

20代前半の頃。

ワイン勉強会で知り合った、
ひとりの女性ソムリエさんがいました。

 

少しツンとした雰囲気のある人で、
最初は少し近寄りがたい印象だったのですが、
話してみると、とても柔らかい人でした。

 

ある日、
その人が働くワインバーへ行った時のこと。

 

「これ、飲んでみて。」

そう言って、
ワイングラスにほんの少しだけ、
白ワインを注いでくれました。

 

量としては、
通常の半分くらいだったと思います。

 

もちろん、
当時の私には到底注文できるような価格のワインではありません。

 

ラベルも見せてもらいました。

でも、
正直に言うと、
どのドメーヌだったのかは覚えていません。

 

ただ、

「モンラッシェという白ワインだけは覚えておいてね」

 

そう言われたことだけは、
今でも不思議と記憶に残っています。

 

「高い白ワイン」くらいの認識だった

当時の私にとって、
3000円を超える白ワインは十分に高級品でした。

 

1000円台前半のシャルドネとの違いにも、
ちゃんと感動していましたし、
それだけでも十分世界は広がったと感じていました。

 

だから正直、

「それ以上って、何が違うんだろう?」

という気持ちもありました。

 

もちろん興味はある。

でもどこかで、
“高いワインだから特別に感じるだけでは?”
という少し斜に構えた気持ちもあったと思います。

 

白ワインのイメージが壊れた瞬間

グラスを口元へ近づけた瞬間。

少しだけ、
はちみつを思わせるような、
熟した甘さの香りが漂いました。

 

そして口に含んだ瞬間、
最初に感じたのは、
意外にも「酸っぱさ」でした。

 

けれど、
その酸味が、
ほんの1秒後には、
まるで“美しい甘さ”へ変わっていく。

 

レモンを口に含んだはずなのに、
気づけばキャラメルの余韻になっているような、
そんな感覚でした。

 

それまで私は、
白ワインというのは、
軽やかで、
スイスイ飲めるものが“美味しい”のだと思っていました。

 

でも、
そのモンラッシェはまったく違いました。

 

濃密なのに重くない。

旨みがあるのに、
押しつけがましくない。

飲み込んだあとにも、
香りや余韻が静かに戻ってくる。

 

白ワインのイメージそのものが、
一度壊れて、
組み直されるような感覚でした。

 

そして何より、

「美味しい」

という言葉が、
急に安っぽく感じてしまった。

 

ずっと口の中に含んでいたいのに、
それを表現する言葉が見つからなかったのです。

 

ワインで人生が変わる

たまに、

「体験が人生を変える」なんていう人がいます。

 

若い頃は正直、

「何言ってんだ・・・」

と思っていたんですね。

もちろん、
記憶というものは、
時間とともに少しずつ美化されるものだと思います。

だから、
あの日の感動も、
きっと多少は補正されているのでしょう。

 

それでも。

あの体験が、
自分の価値観を変えたことだけは確かです。

 

「価値があるもの」の見え方が変わった

私はあの日、
「高いもの」に対する見方が少し変わりました。

 

値段が高いものには、
単なるブランドや見栄だけではなく、

誰かの感性や、
時間や、
積み重ねられた人生が、
詰まっていることがある。

 

そして、
自分の価値観だけで、

「そんなものに意味はない」

と切り捨てることは、
もしかしたら、
誰かの感性や人生そのものを否定することにも繋がるのかもしれない。

 

そんなことを、
ぼんやり考えるようになりました。

 

お金や時間をかけてでも、体験すべきもの

今振り返ると、
あのモンラッシェとの出会いは、

「お金をかけてでも、体験する価値のあるものがある」

そう思うきっかけでもあった気がします。

 

例えば、

初めての海外旅行で
エアーズロック(ウルル)を見たとき

サクラダファミリアを見たとき

Amanemu に宿泊した時も、
少し似た感覚がありました。

 

いくまでに時間がかかる。
高い。
(体験するまで)意味がわからない。


でも、
単なる贅沢では終わらない。

そこには、
“感性を広げる体験”が、確実に存在する。

 

もちろん、
年に何回もそんなものにお金を使う必要はありません。

むしろ、
普段は質素なくらいでちょうどいいのかもしれない。

 

でも人生のどこかで、
自分の価値観を静かに壊してくれるものに、
触れてみる。

 

それはきっと、
豊かな人生を送りたい人にとって
無駄ではないのだと思います。

 

無駄や余白の中に、豊かさは宿る

高級ワインの世界には、
どこか嫌味な空気を感じる。

 

そんな人もいると思います。

 

でも、
本当に価値があるものは、
本来、
誰かを見下すためではなく、
人生の感性を広げるために存在しているのだと思うのです。

 

無駄に見えるもの。

役に立たないと思われるもの。

 

でも、
そういう体験の中にこそ、
人生の余白や、
豊かさは宿るのかもしれません。

 

だから人生のどこかで、
一度は。

 

今までの価値観を、
静かに、
でも大きく壊してくれるものに、
触れてみてもいいのだと思っています。

 

また、そういう体験をしている人の話は、
大袈裟に語らなくても、
どこか面白く、興味深い。

示唆に富んでいるようにも感じます。

きっと、
その人自身の人生や感性が、
言葉の奥に滲むからなのでしょう。


これからの人生。

自分の価値観を少し広げてくれるものや、
そんな体験を静かに、
そっと胸の内に秘めているような人たちと、
出会っていけたらいいなと思っています。

 

数字や効率だけでは測れない、
人生の余白。

メルマガ「葡萄の館からの手紙」では、

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少しだけ視野や価値観が広がるような話を、
静かにお届けしています。

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