ドン ペリニヨンを離れ、なぜ日本酒へ?|リシャール・ジョフロワとIWA 5

ワインのある暮らし

ドン ペリニヨン。(通称:ドンペリ)

ワインにそれほど詳しくなくても、その名前を聞いたことがある人は多いと思います。

そのドン ペリニヨンで、28年間にわたって醸造を率いた人物がいます。
 

リシャール・ジョフロワ。

彼がドン ペリニヨンを離れたあと次に選んだのは、別の有名ワイナリーでも、シャンパーニュ・メゾンでもなく、日本酒造りでした。

富山県に酒蔵をつくり、自ら日本酒造りを始めたのです。

その酒が「IWA 5(イワ・ファイブ)」です。

 

なぜ、ドン ペリニヨンを28年間造ってきた人が、次に日本酒を選んだのでしょう。

そして、なぜ富山だったのでしょう。

調べてみると、単純な「シャンパーニュから日本酒への転身」とは、少し違う物語が見えてきました。


ドン ペリニヨンそのものについては、別の記事で、なぜワインに詳しくない人までその名前に惹きつけられるのか、ヴィンテージや長期熟成、P2・P3などから考えています。
→ 「なぜドン ペリニヨンは、人を惹きつけるのか」
 

ドン ペリニヨンの次に選んだもの

リシャール・ジョフロワは、ドン ペリニヨンの5代目シェフ・ド・カーヴとして、28年間にわたってその醸造を率いました。

その後、彼が向かったのが日本酒の世界です。

それも、ドン ペリニヨンを離れてから突然思いついたものではありません。

 

ジョフロワと日本との関係は1991年に始まり、その後、何度も日本を訪れています。

なかでも本人が語っているのが、2000年に京都・大徳寺を訪れたときの経験です。

茶会と精進料理の席で出された日本酒に強く惹かれ、そこから日本酒への関心を深めていったとのこと。

彼が魅了されたのが、日本酒造りの複雑さでした。

米、水、麹、酵母、精米、発酵。

さまざまな要素を選び、組み合わせることで味わいが変わっていく。

ジョフロワは、シャンパーニュ以上とも感じるほどの選択肢の多さに、知的な刺激を受けたと語っています。

長年シャンパーニュを造ってきた人にも、まだ探究できる世界があったのです。

IWA 5の中心にある「アッサンブラージュ」

IWA 5の大きな特徴の一つが、アッサンブラージュです。

アッサンブラージュとは、異なる性格を持つものを組み合わせ、一つの味わいをつくっていくこと。

IWA 5では、山田錦、雄町、五百万石といった異なる酒米や複数の酵母、生酛、熟成酒など、さまざまな要素を組み合わせています。

「答えは、アッサンブラージュにある。」

そう語るジョフロワは実際、最初のIWA 5を造ったとき、「アッサンブラージュの原理は普遍的だ」と記しています。

シャンパーニュから日本酒へ。

まったく違う世界へ移ったように見えます。

ところが本人は近年、IWAについて「同じプロジェクトを、違う領域で続けている」という趣旨のことを語っています。

素材も場所も造り方も違う。

それでも、異なるものを組み合わせ、バランスや複雑さを探し、一つの調和へまとめていく。

シャンパーニュのドン ペリニヨンと日本酒のIWA 5は、意外なところでつながっていました。

なぜ、富山だったのか

もう一つ気になったのが、なぜ富山だったのかということです。

日本には、新潟、京都、兵庫など、有名な酒どころがいくつもあります。

ジョフロワも、最初から富山を目指していたわけではありません。

日本酒造りのパートナーを求めて、大小十数軒以上の酒蔵を訪ねたそうです。

それでも、一緒に取り組める相手がなかなか見つかりません。


そこで友人である建築家・隈研吾氏から紹介されたのが、富山の桝田酒造店5代目・桝田隆一郎氏でした。

桝田氏は日本酒の伝統の中にいながら、ワインにも深い関心を持ち、樽熟成などワインの世界から得た手法も試してきた人物です。

ジョフロワが桝田氏に感じたのは、新しいものを受け入れる姿勢だけではありませんでした。

自分がいる日本酒業界そのものを、明確かつ分析的に見ることのできる人だった、と振り返っています。

二人はそこから日本酒造りの実験を始め、酒蔵を建てる場所も探していきます。

ジョフロワにとって重要なことは、「有名な酒どころ」ではなかったのかもしれません。

「どこで造るか」より、「誰となら新しいものを造れるか」。

その相手を探していった先に、富山がありました。

現在、IWAの酒蔵があるのは富山県立山町白岩。

「IWA」という名前も、この「白岩(Shiraiwa)」に由来しています。

酒だけではなく、人もアッサンブラージュする

IWA 5について調べていて、もう一つ印象に残ったジョフロワの言葉があります。

彼は、自分はワインや日本酒をブレンドするだけでなく、

「人もアッサンブラージュしている」

と語っています。
 

日本酒造りで力を貸した桝田隆一郎氏。

酒蔵を設計した建築家の隈研吾氏。

ボトルなどのデザインを手がけたマーク・ニューソン氏。

そして、シャンパーニュから日本酒の世界へやってきた自分自身。

異なる文化や専門分野で経験を積んできた人たちです。
 

ちなみに「IWA 5」の5も、5種類の米や酵母を使っているという意味ではなく、バランスや調和、結びつきを象徴する数字として位置づけられています。

IWA 5は、米や酵母、原酒だけをアッサンブラージュしたものではなく、異なる人や文化、経験まで組み合わせながら生まれた酒、と見ることもできそうです。
 

今年の年末年始の一本に

ここまでIWA 5について調べていると、当然ながら飲んでみたくなりました。

実は私は、まだIWA 5を飲んだことがありません。

だから、味について語ることはできません。

最初は、

「ドン ペリニヨンを造っていた人が造る日本酒」

という興味でした。

でも今は、それだけではありません。

日本酒の複雑さに惹かれ、一緒に造れる人を探して日本各地の酒蔵を訪ね、富山で人と出会う。

そして、米や酵母だけではなく、異なる文化や経験までアッサンブラージュするように一本の酒を造った。

その背景を知ったうえで飲んだら、私はIWA 5をどう感じるのでしょう。

アッサンブラージュによって生まれるという「調和」や「複雑さ」を、自分の舌でも確かめてみたい。

今年の年末年始の一本は、IWA 5にしてみたいと思っています。

 

参考資料・出典

本記事の執筆にあたり、主に以下の資料を参照しました。

ワインやお金について調べていると、知識そのものより、「自分は何を大切にして選ぶのだろう」と考えることがあります。

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