Liv-exが2026年8月、ファインワイン(高級ワイン)市場を分析した「H1 2026 Wine Market Report」を公開しました。
H1とは「First Half」、つまり2026年上半期(1〜6月)のことです。
今回のレポートでLiv-exが示したのは、長く価格調整が続いてきたファインワイン市場に、安定化の兆しが見えてきたということでした。
では、市場はいよいよ回復へ向かい始めたのでしょうか。
レポートを見ながら、私は少し違うところが気になりました。
市場全体が上がったか、下がったかよりも、誰が、何を選び始めているのか。
そこに目を向けると、2026年のファインワイン市場で起きている変化が、もう少し違った形で見えてきます。
市場は、本当に回復したのか
Liv-exは「H1 2026 Wine Market Report」で、2026年上半期の市場に安定化の兆しが見えているとしています。
その中でも注目したいのが、
- Q2では米国の買い手が購入金額の4分の1以上を占めたこと
- オールドヴィンテージのボルドーに、より底堅い動きが見られたこと
- 価格が安定するにつれて、市場の見通しが改善していること
です。
少し前に公開されたQ1 2026のレポートでも、Liv-exの主要指数はおおむね安定していました。
取引金額と取引量は2025年平均を上回った一方、前年同期のQ1 2025には届いていません。
こうして見ると、「市場全体が力強く回復した」と判断するには、もう少し時間が必要でしょう。
それよりも興味深いのは、安定化しつつある市場の中で、どこにお金が向かっているのかです。
戻ってきた米国の買い手
まず目につくのが、米国の買い手の存在感です。
ここでいう「買い手」は、一般のワイン愛好家を直接指すものではありません。
Liv-exはワイン事業者向けの取引市場で、ワイン商や小売業者、インポーター、投資ファンドなどが参加しています。
Liv-exによれば、2026年第2四半期には、こうした米国の市場参加者による購入金額が全体の4分の1以上を占めました。
その背景には、関税をめぐる混乱から流通各社が対応方法を見いだしてきたことや、在庫の減少によって再び仕入れが必要になってきたことなどがあるとLiv-exは分析しています。
ここで私が気になったのは、購入金額が増えたことだけではありません。
市場へ戻ってきた買い手は、何を選んだのか。
そこに目を向けると、今回のレポートでもう一つ注目されている動きにつながります。
時間を経たワインが選ばれている
今回のレポートでLiv-exは、
「Older Bordeaux Finds Firmer Footing」
というテーマを取り上げています。
オールドヴィンテージのボルドーに、より底堅い動きが見え始めているということです。
最近のLiv-exの市場分析を見ても、需要がすべてのワインへ均等に戻っているわけではなく、特定のワインへ選択的に向かう動きが確認されています。
ボルドーでは、ムートン・ロートシルトの2005年や2010年、2015年など、複数のヴィンテージで価格に上向きの傾向が見られました。
流動性の高いボルドーで継続的な価格上昇が見られることについて、Liv-exは、一部の取引による一時的な値動きよりも、買い手の継続的な意思を反映しやすいと指摘しています。
ここで私は、これまで見てきたプリムール市場の変化を思い出しました。
以前の記事では、
「プリムールだから買う」から、「なぜ、そのワインを選ぶのか」へ。
市場がそんな方向へ変化しているのではないか、と考えました。
プリムール市場で起きている変化については、こちらの記事でも詳しく考えています。
今回、視野をプリムールからファインワイン市場全体へ広げてみると、その「選ぶ理由」の一つが見えてきたように思います。
それが、
時間をかけて積み上げられてきた実績です。
未来を信じるための根拠
Liv-exのデータから確認できるのは、オールドヴィンテージのボルドーに底堅さが見られ、需要が選択的に戻っていることです。
では、なぜ時間を経たワインが選ばれているのでしょう。
ここからは、私自身の考察です。
新しくリリースされたワインには、まだ見えていない未来があります。
これから評価が高まり、大きく価値を伸ばす可能性もあるでしょう。
一方、時間を経たワインには、すでに市場で評価されてきた履歴があります。
ヴィンテージへの評価。
これまでの価格推移。
生産者が積み重ねてきた実績。
そして、市場から寄せられてきた信頼。
時間がたつほど、未来を判断するための材料は増えていきます。
そう考えると、今回オールドヴィンテージに底堅さが見えている背景には、
不確実な未来を判断するために、過去から得られる根拠を以前より重視するようになった
という買い手の変化もあるのではないでしょうか。
未来の可能性だけを見る。
そこから、
これまで積み重ねてきた実績を土台に、その先にある未来の可能性を見る。
買い手が未来を見なくなったというより、
未来を信じるための根拠を、より強く求めるようになった。
私は今回の市場の動きから、そんな変化を感じています。
そして、「時間を経てから市場へ出す」という考え方では、シャトー・ラトゥールの選択も興味深いものがあります。
ラトゥールが長く続いたプリムールの仕組みから離れ、独自の販売方法を選んだ背景については、こちらの記事で考えています。
何を買うか、その前に
では、投資や長期保有を考えるなら、実績のあるオールドヴィンテージを選べばよいのでしょうか。
私はもう一つ、考えておきたいことがあります。
たとえば、投資に使える10万円があるとします。
これから大きく価値を伸ばす可能性のある新しいワインと、長年評価され、市場で実績を積み重ねてきたオールドヴィンテージ。
長期保有を前提にするなら、私は後者により魅力を感じます。
ただ、その10万円にどんな役割を持たせるのかによって、選択は変わります。
実績を重視して将来へ置いておきたいお金なのか。
それとも、より大きな可能性を楽しむために使えるお金なのか。
後者なら、新しいワインの可能性を選ぶこともあるでしょう。
だから、
「何を買うか」と同じくらい、「なぜ、それを選ぶのか」を考える。
そして、
「そこへ置くお金に、どんな役割を持たせるのか」を考える。
同じ市場を見ていても、その答えによって選ぶワインは変わるのだと思います。
「選ばれている理由」を見る
ファインワイン市場は底を打ったのか。
これから価格は上昇するのか。
投資という視点では、やはり気になります。
けれど、2026年上半期の市場から私が持ち帰りたいのは、価格の予想よりも市場を見るための視点です。
米国の買い手が存在感を増している。
オールドヴィンテージのボルドーに底堅さが見えている。
市場全体にも、安定化の兆しが見え始めている。
こうした動きを一つずつ見ていくと、「上がった」「下がった」だけでは見えなかったものが浮かび上がってきます。
誰が買っているのか。
何が選ばれているのか。
そして、
なぜ、それが選ばれているのか。
これから市場を見るとき、私はこの三つを大切にしたいと思っています。
時間はワインを熟成させます。
同時にその時間は、市場からの評価や実績、生産者への信頼が積み重なっていく時間でもあります。
これから価値が育つものを選ぶとき、未来の可能性を見ることは大切です。
そして、その未来を考えるために、これまで積み重ねられてきた時間を見る。
未来の可能性と、これまでの実績。
あなたなら、その二つをどのように見て、これから価値が育つものを選ぶでしょうか。
人生も、お金も、ワインも。
時間がたつほど価値が深まるものを選ぶ。
そのために過去を見ることもまた、未来を見ることなのだと思います。
参考資料
- Liv-ex「H1 2026 Wine Market Report」(2026年8月)
- Liv-ex「The Fine Wine Market in Q1 2026」
- Liv-ex Market Intelligence(2026年8月)
